被爆のことはアメリカの軍事機密だった

被爆のことはアメリカの軍事機密だった

戸坂村で半年経ってから、山口県の柳井という町の郊外に移りました。軍隊の古い兵舎を一つもらって病院にして、治療を始めたんです。山口県には、逃げてきていた被爆者がいっぱいいたんです。その中に自分は後から救援に入ったという人がいっぱいいて、その人たちが言う訴えが、体がだるくて動けないというのが共通だったんです。どこも何とも悪いところがない、検査をしても診察をしても。「だるい」。今から思うとそれが内部被ばくの共通症状です。十年たっても、二十年たっても、ずーっと何ともなかった人が、二十五年くらい経ってパッと現れるんですね。ある日突然だるくなって、今まで元気で働いていた人が働けなくなって、お医者さんに行ったら、何でもない、どこも悪くないと。何度診てもらっても、そう言われるけれど、自分はかったるくて動けない。仕事ができないからクビになっちゃう。そういう人が日本中にたくさん出てきました。広島と長崎の人が、みんな全国に散りましたから。

マッカーサーが日本を占領して、被爆者について最初に行ったことは、「原爆の被害を受けた人はたくさん死んだり、火傷もしたり、病気で死んでいる。今でも病院で苦しんでいる人がたくさんいる。その人たちの被害は全部アメリカ軍の秘密である」。軍事機密なんだと。「だから、皆さんは気の毒だけれども自分が経験した被害については、一言もしゃべってはいけない。それに親兄弟にもしゃべってはいけない。それからお医者さんや学者は患者が来れば診けゃならん、見るのはいい。しかし、診た結果を複数の医者で研究したり論文を書いたり、どこかに発表したりすることは一切いけない。これに違反した者は、アメリカ軍が重罪に処す」と。占領軍にそう言われたら、おっかないから誰もやりません。それがあったから、日本の国では被曝に対して誰もものを言わなくなったんです。広島の大学も長崎の大学のお医者さんも、被爆者を診ました、病院に来るから。でも、絶対にしゃべれない。書くこともできない。だから今も日本の学界には広島・長崎の原爆について医学論文が一つもないんです。こんな国はありません。

そのうちにアメリカが広島と長崎にABCCという研究機関を作って、そこに広島と長崎の被爆者を集めて検査をして、血液だの、ウンコだの、オシッコだのを採ってね。火傷をしていると、その部分を切り取って顕微鏡で調べる。つまり、モルモットにしたんです、被爆者を。アメリカ軍は七年たって帰ったんです。日本は独立したわけでしょ。その時からみんなやればいいんじゃないですか。ところが安保条約という軍事同盟を結んだんです。日本の国民を、アメリカの核兵器によってソ連の攻撃から守ってもらう、という約束をした。だから、アメリカの核兵器の不利になるようなことは一切やってはいけない。今度は日本政府の命令が出て、大学の先生も開業医も診ることは診るけれど、後のことについては何も書かないと。

「わずかな内部被ばくは無害だ」とアメリカ
内部被ばくという言葉を、アメリカは使わなかった。体の中へ放射能を取り込んで病気になった人は、その放射線の量はほんとにわずかだから、全然無害で、病気なんかを起こすことは全くないと。国連に対しても、日本に対しても、そういう方向で被爆者の対策をしろと。だから日本政府は原爆で内部被ばくをしたという患者を、十二年間全く無視して相手にしなかった。1954年に、アメリカがビキニで水爆実験をして、第五福竜丸が被ばくして、無線長が亡くなって大騒ぎになった。マグロまで取れなくするって、国民が怒ってね、核実験反対という署名を、あっという間に3,000万人分も集めたのね。その時、日本人は、初めてアメリカに怒ったのです。それで死刑になってもいい、殺されてもいいというので、みんな署名をやったのです。そのおかげで、それまで見捨てられていた被爆者のことが問題になって、日本政府は自分で届け出た人だけですが、初めて被爆者に被爆者手帳、日本中どこへ行っても、広島か長崎で被爆したことが分かる身分証明書を、十二年経って出した。それまでの被爆者は飢え死にです。私が東京で診た被爆者はほとんど、配給手帳をもらえない、仕事もないので飢え死にする。

日本人でいながら日本政府は助けない、アメリカに遠慮してね。被爆者を診ない。心無い日本人は被爆者差別、あれと付き合うな、病気がうつる。そんな馬鹿な話をしてね。そこへもってきて被爆者の方は、占領軍からしゃべるなといわれてしゃべらない。だから、被爆をした人がどんなに苦しんでいるかというのを周りは全然知らないで、付き合うなという差別を、日本中でしたのです。これがアメリカが作った殺し方。戦争が終わって平和になったのに、被爆者が首をくくって死んだり、飢え死にしたりするのを、みんなで診ていたという十二年間です。

放射能が、福島原発の事故で日本中に
原子炉というのは、中に放射能がいっぱい詰まっています。チェルノブイリ原発では、それがボォーンと爆発して、放射能が空気中に広がって、かなり広い範囲の人がそこに住めなくなって、立ち退きをした。今、事故から二十五年目ですね。そういう人の中から、ガンと白血病がどんどん出ています。福島の原子炉は爆発していないの。ただ、ぶっ壊れ方がチェルノブイリとは違うけど、シューシュー、シューシュー、放射能を出しているの、今も。もう大変な量が出ています。広島も長崎も一回こっきり。チェルノブイリも一回こっきり。福島はいつまで出るか。出る放射能の量もわからないんです。福島から出た放射能は、風に乗って方々に行くんです。今、日本中で、まったく放射能に縁がない、心配ないというところは、どっこいありません。皆さんは、放射能というと、今の福島原発のことを心配しているわけです。ところが原発という工場は、放射能を漏らさないで電気を起こすということは、絶対にできないんです。普段から洩らしっぱなしなんです。

これは世界中の原発もみんなそうです。そこで、どれくらいまでなら出してもよいというのを、国際放射線防護委員会というのが決めているんです。何ミリシーベルトまでならいいよと。これ、いいわけないんですよ。たとえ一ミリシーベルトでもダメなんです。でも、そんなことを言ったら原発の営業ができないから、これくらいならいいことにしようと、勝手に決めているんです。日本の五十四の原発は放射能を、今までずーっと出してきているんです。普段皆さんは生活しながら、今までその放射能で被爆してきたんです。いいですか!